Soweto Gospel Choir

南アフリカ共和国大使館

南アフリカ

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1. ソウェト


Soweto = South-Western Townships の略。 その名のとおりヨハネスブルグ南西にある南アフリカ最大の旧黒人居住区で、 東京23区程の大きさに数百万人が住む。かつてはネルソン・マンデラ氏、 ツツ大司教も住んでいた。

現在も治安は決して良いとは言えず、ヨハネスブルクとの経済格差も大きい。 一方で教会や学校を軸とした音楽活動も盛んで、ソウェト・ゴスペル・クワイア 以外にも多数のクワイアが存在する。ソウェトはまた、1976年、アパルトヘイト 政策時代の大惨禍、いわゆる「ソウェト蜂起」が起こった地でもある。

2. アパルトヘイト


この南アフリカの人種隔離政策は、1948年以来、政府によって「法制化」 されたものであった。多民族国家である南アフリカの人種を、白人と非白人 (カラード・アジア人・黒人)に分け、非白人に選挙権がないことはもとより、 公共施設はすべて使用が区別された。とりわけ黒人は、集団地域法によって 居住区域も規定され、ソウェトも、そうした黒人居住地域のひとつであった。

1976年に起こった「ソウェト蜂起」は、アパルトヘイトを推し進める当時の 政府が、黒人の学校においても、授業をアフリカーンス語(オランダ系の住民が 使う言語)で行うと決定したことに対し、白人支配の強化と憤慨した黒人学生 たちが抗議集会とデモを展開。軍隊が、一般市民であるデモ隊に無差別に 発砲したことで、死者400人(一説には700名とも)を出した凄惨な事件であった。

しかしこの事件は、南アのアパルトヘイト政策への大きな国際非難をもたらし、 ひいてはアパルトヘイト撤廃へと、国内外が動き始める一端となった。 1987年の映画「遠い夜明け」や、ブロードウェイミュージカル「サラフィナ!」(後に ウーピー・ゴールドバーグ主演で映画化)などでも扱われたので、ご存知の方も 多いだろう。ソウェト・ゴスペル・クワイアが歌う♪Bikoは、「遠い夜明け」の 準主役にもなったスティーヴ・ビコ(実在の南アフリカの黒人活動家で、非業の 死を遂げた)を哀悼して、英国のミュージシャン、ピーター・ガブリエルが作った 曲である。

1980年代になると、反アパルトヘイト運動も活発化し、南アは各国から国際的な 経済制裁を受けることになる。その潮流を受け、1989年9月に大統領に就任した デクラーク(白人)は、アパルトヘイト撤廃への改革を進展させ、黒人解放運動家 ネルソン・マンデラを釈放。91年には国会開会演説でアパルトヘイト政策の廃止 を宣言した。1993年にデクラークとマンデラは、ともにノーベル平和賞を受賞。 1994年に全人種が参加する選挙が行われたことで、南アフリカの民主化が 達成され、マンデラが新大統領となった。

ソウェト・ゴスペル・クワイアのアルバムにも所収されている、♪南アフリカ国歌 (Nkosi Sikele'l Afrika)は、実は、1997年にマンデラ氏が大統領令として制定した ものである。この国歌には5つの言語が使われており、冒頭の「神よ、アフリカに 祝福を」の部分は、黒人解放運動を象徴する讃美歌、中ほどのアフリカーンス語 で歌われているのは、アパルトヘイト時代の国歌「南アフリカの叫び」である。 これらの曲を組み合わせて、民族が和解し、調和する国への願いをこめた意義 深い歌である。

3. 南アフリカ共和国


アフリカ大陸南端に位置し、広大な自然と鉱物資源に恵まれ、日本の約3.2倍の 国土を持つ。1652年より、オランダ人の入植が始まり、その後ヨーロッパ各国が 続く。19世紀に金とダイアモンドが発見されたことで、産地支配権をめぐって、 アフリカーナとイギリス人との間にボーア戦争(1899~ 1902)が起こり、イギリスが 勝利。1910年、4州からなる「南アフリカ連邦」が成立し英国の自治領に。

特にこの国の第二次世界大戦後の歴史は、人種隔離政策「アパルトヘイト」なし には語れない(→アパルトヘイトの項参照)。人種の割合は黒人(79%)、白人 (9.6%)、カラード(混血)(8.9%)、アジア系(2.5%)だが、そのわずか1割に満た ない白人による支配が、1994年の民主化に至るまで、50年近く続いたことになる。 現在の人口は4,483万人(2003年南アの国勢調査)。

公用語は、アフリカーンス語、英語、バントゥー諸語(ズールー語、コサ語、 ぺディー語、ソト語、スワジ語、ヌデベレ語、ツォンガ語、ツワナ語、ヴェンダ語) の11言語。国内で最も多用されている言語はズールー語(国内人口比22%)。 アフリカーンス語は、オランダ植民地時代にオランダ語と現地の言葉が融合した 南アフリカ独特の言語である。各部族によって言語が異なっているため、イギリス の植民地時代に普及した英語が、結果的に共通語的役割を果たし、国会でも 英語が使用されている。

ソウェト・ゴスペル・クワイアのレパートリーの中で歌われている歌詞も、ズ ールー語・ソト語・スワヒリ語・コーサ語・英語と、実にマルチリンガル(ソウェトHP の歌詞とリンク)。南アフリカ諸語の特徴として、吸着音(舌打ちのような音)があり、 ズールー語において特にそれが顕著なのだが、ソウェト・ゴスペル・クワイアの 歌の中でも、その吸着音が効果的なサウンドとして使われている。 宗教は8割の国民がキリスト教で、残りはヒンドゥー教、イスラム教など。

南アフリカのHIV陽性率は、成人20%(1999年)と極 めて高率で、深刻な問題となっている。ソウェト・ゴスペル・クワイアも、エイズにより両親を亡くした孤児の ための基金を、2003年に立ち上げた(→ソウェトHP内チャリティーの項にリンク)。

アパルトヘイトも撤廃され、1994年には民主化も実現。ヨハネスブルグなど、 旧白人居住地域の都市部では欧米諸国と変わらない街並みが見られるとはいえ、 人種による生活格差はまだまだ大きく、治安の悪さも問題となっている。また近年 の経済的な発展ゆえ、近隣諸国からの黒人労働者の流入も多い。  このように南アフリカは、様々な問題を抱えつつも、人種や文化の多様性を包み 込んだ「虹の国~レインボー・ネーション」の建設へと、歩みを進めようとしている。 2010年には、サッカーのFIFAワールドカップが開催される予定。

<リンク>

外務省:南アフリカ共和国
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/s_africa/index.html

南アフリカ共和国大使館
http://www.rsatk.com

南アフリカ商工会議所
http://www.saccjapan.jp

Wikipedia(南アフリカ共和国)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%AB